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投稿時間:2002/11/09(Sat) 01:58
投稿者名:GM
Eメール:lints@mb.infoweb.ne.jp
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Harvest Rain(エピローグ)
アーガットが死んで後、サイベルはケーゼの家へ身を寄せていた。
ひどく塞いでいた彼女を支えたのは、ケーゼや宿屋の女将、そして村の女達だった。
「男どもは、未だに馬鹿なこと言ってるけどね、もともとこうなったのはみんなのせいなんだよ」
女将はそう、言ったものだ。
遅きに失した感もあるかもしれない。
それでも失われた時間を埋め合わせようとする彼女たちの姿は、サイベルの心を少しずつ解きほぐしていった。

一連の事情を知ったアントニー卿もまた、サイベルの処遇をどうするか考えていた。
アーガットのかけた呪いは彼の死と共に解けた。彼女が触れても、麦はもう黒い塊をつけることはない。
しかし、サイベルがこの村へ留まることは、あまり良い事だと言えない、と領主も考えていた。
つらいことがありすぎて、未来への希望が持てないように思えたからだ。

卿はヴァイツ司祭と相談の末、パイニーヒル神殿へ預けようという話になった。
リファールとゴーバの国境付近にあり、建立以来いかなる権力の介入を一切拒否する、男子禁制のマーファ神殿。
サイベルは敬虔なマーファ信者である。確かにカーディス神官を愛しはしたが、彼女の信仰に一点の曇りもないことは誰の目にも見て取れた。
「そこには神殿菜園がある。できれば、皆の助けになってくれまいか」
アントニー卿とヴァイツ司祭の申し出にしばらく考え、そしてサイベルは深く頷いたのだった。



やがて、冒険者達がリアミ村を旅立つ日が来た。

ツェリペが村長職を辞し、息子も継ぐ意志はないため、次期村長を決めねばらならい。
ゆえに、もうしばらく村に残るというアントニー卿は、改めて冒険者達の労を厚くねぎらった。
「君達には過ぎた苦労をさせてしまったようだ。私がもう少しリアミ村の調査を行っていれば、負担を減らすことができたであろうが…」
「サイベルは我々が万全を期してパイニーヒル神殿に送るから、安心してほしい」
そして、報酬の残り250ガメルに加え、500ガメルを追加して手渡した。
「約束通り、君達に支払おう。本当にご苦労だった」

「それから、これを君達に渡そう」
セバスティアヌスとアルバートへ、一通の書簡を手渡した。
「つい先ほど、ヴァイツ司祭から受け取ったものだ。マーファ神殿に預けているハーフエルフの娘だが、セバスティアヌス君と共に、混沌の地へ行きたいと申し出たそうだよ」
彼女は自分の知る限りのことを話したそうだ。
「君が、誘ったそうだね。彼女は言ってたそうだ。『菫ちゃんが一緒なら、どこだって構わない』とな」
このままラバンへ置いていても、どのみち処刑は免れない。流刑と同等の意味を持つ『混沌の地』行きなら…。それが、マーファ神殿の見解だった。

「領主代行を勤めた君なら大丈夫だろう。しかし、とんでもないじゃじゃ馬らしいな。せいぜい振り落とされないようにしろよ」

そして、ラクシェスに
「例のもの、な。美味かったよ」
一言残し、職務に戻って行った。

入れ違いに、ケーゼが入ってくる。
「話は終わったかしら? サイベルが、皆さんに是非立ち会って欲しいんですって」
彼女の家に、言って貰えるかしら? と付け加えた。



サイベルは家に戻っていた。そして、麦畑の前に立っている。
訪れた冒険者達とケーゼに、微笑みを見せる。
「皆さんには、いろいろと心配をかけてしまって…ありがとう、もう大丈夫ですから…」
小さいが、しっかりした声で礼を述べた。

サイベルが5年間かけて作った麦畑。心血を注ぎ、今年初めて稔りをつけた麦。
呪いを掛けられたサイベルの触れた祭り用の麦は、領主と司祭の手で処分されていたが、ここにはまだ刈られることもなく、未だ黒い穂をなびかせている。

サイベルは自ら手に松明を持ち、その畑に火をかけた。ほどなく、黒い畑は炎に包まれた。巻き上がる煙は天高く上り、青い空を覆う。

サイベルは、アーガットのことで冒険者を責めることはなかった。
あの日、聖なる麦の刈り入れが終わった後、アーガットから全てを打ち明けられた時に、あるいは『覚悟』はあったのだろうか。

「彼は…アーガットは…私を失うことを怖れていたんです。真実を知った私が、彼から離れていくことを、死ぬより怖がっていた…」

「かわいそうな人………」

渦を巻いて燃える炎を、サイベルはじっと見つめている。その首に、リールモントフが見つけだした母親の形見のペンダントを下げて。

その背を、冒険者と共に見つめるケーゼも、どこか悲しそうだった。
ケーゼはサイベルの護衛として、一緒にパイニーヒル神殿へ向かうという。
「彼女を送った後? この村に戻るわ」
肩をすくめて、そう微笑む。
「なんだかんだ言って、この村とここでの生活は好きなのよ。死んだ旦那の暮らしてたとこだしね。本当はみんなのんびりして気のいい連中なんだけどね…」

ふと、ケーゼは呟いた
「誰の心の中にも、“毒麦”は隠されてるのね。健やかに育つ麦粒の影に隠れて、何かをきっかけに現れて、自分や周囲に毒をまく…。
テムレンやアーガットは、そんな人の心に潜む“毒麦”を利用しようとしたのよ」

「でも、…それでも麦は成長するわ」
振り向いたサイベルが、ケーゼの言葉を継いだ。
「父さんは言ってた。『明日刈られることが分かっても、成長を止める麦はない』って。
たとえ、“毒麦”を孕んでいたって…麦は太陽に向かって伸びたいの…生きるって…そう言うことだと思うの…」
サイベルは、かすかに微笑んでいる。炎に照らされたその笑顔は、今にも泣き出しそうにみえた。
「父さん…母さん……お願い、アーガットを導いて…彼の魂を、マーファ様の御許へ……」


生きることは、死ぬよりつらく悲しい。
自らの手で作り上げたものを、何度壊せばいいのだろう。そのむごい痛みに、何度、涙を流せばいいのだろう。
問いかけても、応えるものはいない。

それでも、誰もが崩れ落ちた心の欠片を糧に、生きようとする。
自分の中の、大いなる力に導かれるように。
頬に流れる涙は、やがて乾いた心を癒す泉になるだろう。


それこそが、人を慈しみ育むまことの豊穣の雨−−−。

−終−

投稿時間:2002/11/10(Sun) 02:17
投稿者名:リールモントフ
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眺めながら
青い空。流れる雲。ひんやり冷たい風。
収穫の終わった秋の気配は、一足飛びに冬へ近づいていくようです。穂を刈り取られて、黄金の波の消えた畑の姿は、やはり寒々しいものです。
目の前では、黒い穂波を処分するべく、サイベルさんがかけた火が、ごうごうと音をたてて燃え盛っています。
不浄なものや、いろいろな思い出を、一緒に連れ去っていくかのように。
『木の葉は燃えて地に落ちる 過ぎては来たる長の年月 豊かな実りをまた共に
 金の果実は 甘くやわらかく心を潤す 麦はたわわに首をたれる
 風が吹けば聞こえる 懐かしい声 時が満ちてめぐり来る友
 深い秋よ 悲しみの歌よ 踊る火影に語らう人々よ 草葉を踏む柔らかな足よ
 久しい別れも 今はまた ともに過ごす喜びとなる』
昔故郷で覚えた歌を低く口ずさみながら、亡くなったアーガットさんを思いました。
死の女神の鎌にとりつかれた麦は、不思議と寄り添うサイベルさんとアーガットさんを連想させるのでした。
黄金の穂波に憧れて、わかちがたく結びついた、アーガットさんの心。そんな気がするのです。結局、そういう形でしか、最愛の人とかかわれなかった、可哀想な神官殿。
まぁ、私の余計な詮索というものかもしれませんけどね。
そっとサイベルさんの横顔をうかがう。
本当に、芯の強い人だな、と思います。
アーガットさんのあと追ってしまうことを、こっそり心配していたのですけれど。
人間とは、かくもたくましいものなのでしょうか。
辛いことを、苦しいことを目の当たりにしながら、一つ一つ乗り越えてゆく。
醜いこと、汚いものの中に身を置きながら、それでも希望の光を見失わずにいられる。
そして……ひたむきにそれを求める。
案外、このあたりが、私が人間の生活に大きな興味を持つところなのかもしれません。
明日に向かって歩くこと。
道中で出会う様々なものと関わりながら、彼らは前に進んでいくのでしょう。
『彼らに喜びあれ』
呟いて、後は、麦が燃えるのをずっと見ていました。

投稿時間:2002/11/10(Sun) 05:25
投稿者名:セバスティアヌス
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The Remains of the Day
アントニー卿の重厚かつ優しい声は深く私の胸に染みてまいりました。
大役は果たせたと思う一方で、まだ何かできたのではという気も致します。雖もそれは傲慢でしょうが。
「身に余るお言葉でございます、アントニー様」
深々と頭を垂れます。
お咎めこそございませんでしたものの、領主代行という大それた偽称をした私もまた、問われるべき罪がございましょう。
アントニー様のように高貴な方へ僅かながらも仕えられたこと、大変嬉しく思います。

「領主代行を勤めた君なら大丈夫だろう。しかし、とんでもないじゃじゃ馬らしいな。せいぜい振り落とされないようにしろよ」
「ふふ。どう暴れてくださいましょうとも、私は変わらず、令嬢と接する作法に則り振る舞う次第にございます」
アルゴ様のお父上にはなれませんが、保護者として彼女の求めるものに応えてさしあげられたらと思います。
馬丁の生まれであった私を引き取り、実の子と変わらぬ愛情で育てあげてくださった父。
ときに厳しく、ときに優しく、執事としての教育を施してださった、血の繋がらない父。
父さんもこのような思いで私を育ててくださったのでありましょうか。

アルゴ様の件につきましては、従僕にあるまじき独断でアルバート様にお話を通さずに進めておりました。
どのように思われましても仕方がございません。
呆れられるやもしれません。覚悟をしておりますが…どのようなお言葉をお掛けくださいますでしょうか。
ですがアルゴ様は混沌の地へ同行くださるのに申し分のない冒険者であると、直接に刃を交えたアルバート様が一番存じ上げていらっしゃいますでしょう。
最終的にはご了承くださると信じております。

サイベル様の哀しみは、神殿で拝見したアーガット様の抱えていらした哀しみとは異なっているように思われますのは、慈愛と慈悲の違いなのでございましょうか。
悲しみを慈しむアーガット様。今思えばその瞳には、常に迷いと憂いの光があったように思えます。
愛を慈しむサイベル様。その直向さはたまたま今回は実りませんでしたが、それはきっとこの先、大きな実りとなって降り注ぐことでしょう。
「アーガット様はご不幸でございました。ですが貴方様と出会われたことは間違いなく幸せでございましたでしょう。
貴方様には悲しい思い出であられるかもしれませんが…」
求めていらした希望は亡くなられたことで手に入れられたのでございます。
終焉という形で、二人の愛は永遠になりました。けれども、残された者の悲しみというものは、私にはけっして推し量ることができません。
それでも、生きていかねばなりませんし、生きていて欲しいと思います。

「アルバート様」
いつものように面倒そうな様子でこちらをお向きになります。
馬鹿げた申し出と思われるでしょうか。
「一生お供させていただけるとお約束されたこと、けっして違わずにいてくださいませ。貴方様を見守れない一生は、私にとって何の価値もございませんのですから」
お答えは半ば想像ができております。
それが“仕える者”というものなのですから。
「お前の人生だ。勝手にしろ」
「さようでございますね」
私はアルバート様から伸びる影を踏まないように、後について参ります。
これまでも。
そして、これからも……。

投稿時間:2002/11/10(Sun) 22:34
投稿者名:オリヴィエ・レンデル
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生きてここに存るということ。
 全てが、終わった…そんな気すらする。

>「男どもは、未だに馬鹿なこと言ってるけどね、もともとこうなったのはみんなのせいなんだよ」

 女将さんが言っていた…その通りだと思う。

「…男って、馬鹿ですよね…」
 結局の所、馬鹿な真似をして、人を泣かせるような事を仕出かすのはいつも男のような気がする…。
 僕も、そうなんだろうか。

 自問自答する。英雄とは何か。
 気付けば大層な夢を持って故郷を後にしてから、相当の時間が経っている。
 英雄になれた訳ではないが、英雄の定義については少し分かったような気もする。

『…只の戦士と英雄の差って、その剣を“生かす為に”振るえるか否か、にかかってる気がする…』

 そんな思いが、誰に言うともなく口をついて出た。

 今回の一件に関する事後の処置は見事だったと言って良いと思う。特に事情を知りながらも村の為に、秘するべき事を秘する決断をしたアントニーさんは立派だと思う…それが統治の為の手段に過ぎないとしても。邪教の信徒と深い関係があったとしても、状況に鑑みてその責を問わず却って便宜を図るというやり方に学ぶべきところは多い。

 アルゴさんは、アルバートさん、セバスティアヌスさんと共に“混沌の地”へと向かうと言う。このまま座して死を待つよりは、その方が性格にあっているのかもしれない。アーガットさん、テムレンを喪った後の彼女はそういう人であるように思えた。

 テムレン…死の女神の信徒であった彼にとっては、死こそが恩寵そのものなのだろうか。永久に答えが返ってくることはないだろうが…。正しい事をしたのかどうか、僕には分からない。ただ、なにもしなければ村人の多くが死んでいただろう事は想像がつく。それを防げただけでも…と。

 アーガットさんは、結果的にはラクシェスさんの剣に倒れた。だが、別に誰に責任があるわけじゃない。剣を振る覚悟がある以上、剣に倒れる覚悟もあったのだと思う。…神殿で、そして祭りの準備をしている際に見たアーガットさんの表情と、声。死にたかった訳じゃないだろうけど、もしかしたら…そうなった方がむしろ幸福…というような思いもあったのではなかろうか?死の闇の向こう側に何があるのか、僕はまだ知らないから何とも言えないけれど。いつかは行く事になるのだろうが。

 
 ケーゼさんに言われて、サイベルさんの家へと向かう。
 サイベルさんは…パイニーヒル神殿へ行く、と言う。男子禁制の神殿…もう恐らく二度と会うことはないだろう。

 ケーゼさんは、サイベルさんを送った後に、またこの村へ戻る、と。

 彼女達のその決意に比べると、自分は何をしてきたのだろう…と思わざるを得ない。彼女達こそ、ある意味で英雄なのかもしれない。

 何も言う事ができなかった。

 ただ、『お気をつけて』と伝えるのだけが精一杯だった。

 麦畑は燃えさかり、炎が大気を揺らす。
 炎の中に消えていく黒い穂を実らせた麦を眺めて、ただ悲しい男の冥福を祈った。


>「でも、…それでも麦は成長するわ」

 村から帰る支度をしている最中、サイベルさんの台詞がふと頭に浮かんだ。
 そう、多分人も一緒なんだと思う。
 色んな経験をして、色んなものを抱えて、それでも生きていかざるを得ない、それが人間だと思う。

『アーガットさん、多分一生貴方の事は忘れない。良い意味でも、悪い意味でも。』
 そう思った。 
 今は剣を振る事だけが僕にできる事。振りつづける以上、必ず誰かは傷つき、倒れる事になる。ただ僕は信じるだけだ…己の技量と体力の限りを尽くして剣を振ることで、僕の後ろにいる数多くの…そんなに多くはなくとも…人々を助けられる可能性があるのだ、という事を。生きるというのは、そう言う事だと思う。

「英雄になれたかどうかなんて、後にならなきゃ分からない…よね。きっと」

 だから、やれるだけやるようにしなくちゃ。

『さぁ、帰ろう…明日を生きるのは生者の権利だから。』

「さ、行きますか!」
 取り合えず、明るく行かないとね。
 眼前に絶望があるとしても、生きている限り、そこに希望はあるのだから…

投稿時間:2002/11/11(Mon) 22:10
投稿者名:ラクシェス=アイレスバロウ
Eメール:hinabe@cam.hi-ho.ne.jp
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Post Service
 祭りの日からあれこれ忙しかったけど、なんとか務めを終わらせることが出来たみたい。うーんと伸びをして、一息つく。

>「例のもの、な。美味かったよ」
 差り際に残していった領主の一言で、頬が緩む。
「偉くなって下さいね。そしたら今度は、山吹色のお菓子を持参しますよ」
 立ち去る背にお辞儀して、彼の領地経営がうまくいきますようにと祈るおれだった。

 サイベルは、パイニーヒル神殿に入ると聞いた。そっか。やっぱりこの村を去るのか。
「そう。。。あの、これはおれが言えた義理じゃないかもしれないけど、ここはあんたの故郷なんだ。そのことを、忘れないでいてね」
「……ところで、道中だけど、街道使うんだろ? よかったら、ハッピー・マリクが仕切ってる『青空亭』に寄って。おれ、そこに暫くいるつもりなんだ。よければ荷物持ちにでも使ってやって」ケーゼとサイベルに伝えておく。

「じゃ、またね」あとは、元来た道を辿って帰るだけ。ロバの鼻を撫でてやり、歩を踏み出す。
「みんな、おつかれさま。あとは、街まで気合い帰ろ。そしたら、アルとセバスの壮行会兼打ち上げだぜっ」

投稿時間:2002/11/12(Tue) 02:09
投稿者名:アルバート・バルバロッサ
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set seil for strange adventure
疲れた。
今回の仕事は、エルフと張り合って、女を励ます。そんな無駄に疲れる仕事だった。
終ってしまえばそれぞれで上手くやるもんだ。放っておいても麦が育つように。
だから結局、俺達がしたことなんてたいしたことじゃない。異変に気付いたのは領主やライの坊さんで、たまたま俺達がそこに都合よく居合わせたに過ぎない。
もし大成功というものがあるとしたら、アンビバレンスに苦しんでいた憐れな男を、上手く善性に転ばせるだけの徳を示せたときだろう。生憎俺はそんなに人が出来てない。もしそれができたのならば、胸を張るべきだとは思うが。
そうは言っても及第点だ。失敗したわけでもない。
もっとわかりやすい構図で、暗黒教団の奴等を叩きのめせば、そいつは英雄と呼ばれるだろう。“英雄と呼ばれる者”の資質ってのは、案外そういった、要所を外さないテクニックなのかもしれない。
本物の英雄の資質がそうだとは言わないが。

愛と死は人の永遠の命題だろう。
これからもそれで苦しむヤツが絶えることはない。
悲しみのない一生は素晴らしいかもしれないが、悲しみを知らない一生は哀れだ。
人生の目的が死でないのならば、全ての経験は一つの到達点かもしれない。省みることのできる悲しみや怒り、憎しみまで、それらは必ずしも負ではない。誰かのために涙を流せる心は、自分のために涙を流してくれる人と同じくらい尊い。
ならばこそ、人は幸せになるべきだ。そんな全ての要素を内包してなお幸せになるべきだ。誰も一人で生きてはいないのだから。

そんな事々をとりとめもなく頭にめぐらせていると、領主がやっと報酬を手渡した。
「約束通り、君達に支払おう。本当にご苦労だった」
「ま、当然だな」
重みを確かめ懐に仕舞う。
今回の稼ぎは悪くない。これを元に一稼ぎできるかもしれない。
未開地との交易。これは莫大な富を齎すに違いないと踏んだ俺は、予ねてより考えていたケイオスランド行きを実行することにしていた。
いずれ俺の商船とその護衛船団が、アレクラストを、いや、フォーセリアの海を席捲することになるだろう。

「それから、これを君達に渡そう」
「は?」
オペラの招待券ではなさそうだ。
「つい先ほど、ヴァイツ司祭から受け取ったものだ。マーファ神殿に預けているハーフエルフの娘だが、セバスティアヌス君と共に、混沌の地へ行きたいと申し出たそうだよ」
「は?」
今度は執事に問い返した。
曖昧な笑みを浮かべる執事。何を企んでやがる。
領主は続ける。
「君が、誘ったそうだね。彼女は言ってたそうだ。『菫ちゃんが一緒なら、どこだって構わない』とな」
「いつ俺がそんなもん許可したんだ?
ったく……」
「申し訳ございません、どうかご理解いただけませんでしょうか」
ま、どっかの聖人の書物に、『彼の行いは知らざればなり』とかなんとか言って神の許しを請う一節があった気がする。もともと俺だってそうあいつらと変わったことしてるわけじゃない。遺跡探索なんて、昔の人間の家に勝手に入って略奪してくるようなもんだ。
あまり虐めるのもかわいそうなので適当なところで勘弁してやることにする。
「まぁいい。
詳しいことは後だ。
とっとと迎えに行ってこい。揃ったら出発だ」
「ありがとうございます」
ほっとしたような表情を浮かべている。
思い立ったが吉日。
俺だって不安がないわけじゃない。
何か後押しするような勢いにのって、気持ちよく旅立ちたいだけだ。

アーガットとライ司祭の墓には花の種を蒔いてやった。
花を手向けるという名目は、ライ司祭にのみ当てはまる。
破壊神の信徒の死を、生命力の力で汚してやったのである。
いい気味だ。
安らかに眠れ。

サイベルは、パイニーヒルとかいう神殿にいくようだ。
初めからそうしてればよかったような気もするが、彼女の意地はよく理解できる。
もし麦畑を焼き払うようなきっかけがなければ、村に留まるか迷ったかもしれない。
ま、いろんなことがありすぎた。
せいぜい悪い男にひっかからないよう、見る目を鍛えることだ。
マーファの愛はさっぱりわからないし興味もないが、与えるだけでも優しさだけでもないものだと俺は思う。
強く生きて欲しい。

「なんだかんだ言って、この村とここでの生活は好きなのよ。死んだ旦那の暮らしてたとこだしね。本当はみんなのんびりして気のいい連中なんだけどね…」
そう言いながら肩を竦め微笑んだのはケーゼだ。
つまるところあの村には、この魔女の居場所はちゃんとあるということだ。
老いた身には却って、何もかもありすぎたくらいのほうがいいのかもしれない。
「せいぜい長生きするんだな」
それが俺のかけた最後の言葉だった。

人はどうせ生きていく。
人の営みがどんな戦ででも絶えぬように、人はどうせ生まれ、どうせ生き、どうせ死ぬ。
それがどういう意味を持つかの岐路は、案外些細なきっかけにすぎない。
なら思うがまま、ただ真剣に生きていけばいいと俺は思う。

翌朝早く宿を引き払い、ベルダインに向け出発する。
清々しい朝の空気が身心を引き締める。
振り返ると何故か執事の横に、耳の尖った細いシルエットがある。
「いいか、前もって言っておくが、分け前は俺2に対してお前等が1ずつだ。
それと、コイツの面倒はお前が見ること。
俺はコイツが迷子になろうが探しにいかねーし、歩きたくねーとか駄々こねやがったら、砂漠の真中でも放っておく。
異議は受け付けない。いいな」
後ろが喧しくなった気がするがそれは無視だ。
一歩一歩、栄光への道を進み往く。
「あ、それと」
思い出したかのように振り返る。
「お前等、勝手に同行者を作るなよ」
「はっ…」
鈍い執事でも言葉の意味はわかるようだ。顔が赤い。
「ではご相談いたします」
明るい家族計画か?
一瞬、子供を背負って剣を振るう二人の姿が頭を過ぎり、頬が引きつる。
とはいえ、俺達の門出を祝福するかのようなこの晴天。
弥が上にも意気が高まる。
順風満帆、進路よし。
海賊と執事と踊り子の奇妙な旅は、今が始まりの時なのだ。